木村 みか

木村 みか / 声楽家

二階屋の大きな家が、その屋根より高く桜の巨樹で覆われて、花霞の中に消え入りそうであった。
門をくぐると、そこは、もう一面の桜色。風を楽しむかに、ゆっくりと舞い落ちていく花のひとひらひとひらに寄り添い、その家だけが別の時を生きているような佇まいである。

この、桜の時期にしかこの世に現れない家で、木村みかが歌った。
自身も歌もこの花の主であった。

みかさんは、日本歌曲をもっぱら歌う、そして桜は日本の国花である。
情緒連綿、様々な思いをこの花に託す。
その晴れやかさにおいても、また梶井基次郎の短句『桜の木の下には死体が埋まっている』にしても、みかさんの震幅の中にあり、性に合っているようにも見受けられる。

僕はこの人の前では、口をきくまい。
今まで勝った試しがない。
頭の回転はもちろん、サスガ歌い手だけあって、口の表情、回転が桁違い、あらゆるニュアンス、リズム、アクセントが自由自在に飛び出してくる。

何万人と勝負し、鍛錬してきた訳だから、もとよりかないっこないのだ。
白旗を揚げて、ウットリと?また呆然とその魅惑的な口元を見つめるしかない。
口元は見事な楽譜になって、かわいい音符を慈しみ、繊細きわまりないアラベスクが現れる。

それにしても翻訳不可能といわれた、シャーリップの傑作絵本を翻訳してしまったのには驚いた。
詩人でもあり、オイリュトミストでもあり、まさに八面六臂だ。

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