譲原 みな子
譲原 みな子 / 舞の人、ボディーヒーリング
この方が歩むと、お心が裸で歩いているようで、ざわめく手では触れてはならない静謐が、まわりにポッと生まれます。
あるとき満月の富士を眺めていると、フッと感じるものがありました。
富士が、ただそこにあれば、私達はその気迫に飲まれます。
私たちは「日常」という上着を取り、「自分」という肌着を脱ぎ、素裸の命だけでしか、対しえない。
産み落とされて初めて、空気という“宇宙の乳”を吸った瞬間、たった一つの命ためになされるこの宇宙開闢を思ってみてください。
遙か遠い記憶の中にまどろむその一点に、ご自分の全存在をかけて意識を集中し、絶えることなく登り続けてみてください。
そこに何があるでしょう。
この命の芯、私たちの中で全てをはぎ取った後に残るもの、それをもし名付けるとすれば、『慈悲』とか『愛』という、言葉とは言えないようなものしかきっと残らないでしょう。
また、その言葉のようなものさえもその碧空をぼやっと指し示めすことしかできません。
このもはや名付けることもできない高みから訪れるパワーが、この方の中に舞を生み、一瞬、白日夢と見まがう光りが私たちを照すのです。