虚無に対するもの

僕がサハラをキャラバンしたのはもうウン十年も前なのですが、いまだにその記憶は鮮明で、時おり、灼熱に身を焼かれたことや、パウダーな砂が手のひらから滑り落ちていく触覚や、あまりの星のきらめきに茫然自失した感覚が、今の中に紛れ込むことがあります。

富士山六合目に、よく星を見に出かけるのですが、眼下に壮麗な銀河が昇ってくる時など、初めてサハラに入った時に驚いた、圧倒的な空の高さや地平の広大さが甦ってきます。
水平線の下になお銀河の連なりがあることを思うと、この地球が宇宙の中に浮いているのと共に、自らも空中に一人浮いているような幻惑に陥ります。

確かに無一物のサハラは、人の思いや生死の域を超える希望を試されるのには、一番厳しい場なんでしょう。
立てれども立てれども打ち返す波にさらわれる砂城のような気がしてきます。

その思いに疲れ果てていたある日、ふと幼い頃の記憶が甦りました。
夏休みの日曜日に学校の体育館を覗いて、ギョッとしたことがありました。
そのがらんどうの空間が、とても空虚に虚しく、それに耐えられそうもなく、逃げ出したくなりましたが、ふと、その真ん中に何か一つものを置けば、 その空虚な空間にも芯ができ、がぜん意味あるものに変容し、ものすごくエネルギーを放つものになると、子供心に確信したのです。

そして置くものは何でもよかったのですが、その中心に置かれたものも返って、その空虚が大きければ大きいほど、その虚無に対するものとして、その真実が高められ光りはじめるように感じました。

ちょうど石の中のカオスから名匠のノミに彫られて、コスモスとしての彫像が姿を現した、ミケランジェロのロンダニーニのピエタのような迫力を帯びるように思ったのです。

サハラの中で、思いに思いを重ねているうちに、その圧倒的な空間の大きさに、小さき身が無くなるかのように意識させられていたものが、いつの間にか、この小さき身のなかにも確かに真実が結晶しており、反対にサハラに助けられて、輝きはじめるのを知ったのです。

サハラに別れを告げたあと、美しいシリウスの神話を持つドゴン族と合い、やがてエジプトの砂漠のど真ん中で、コプト教の修道僧が、蟹の穴のような中に生涯誰とも話することもなく、孤独に生きているのに出会いました。

今の時代でも、人の中には、そんな即身成仏のようなパッションが根付くこともあるのだとショックをうけましたが、たくさんの人が、そんな人生の送り方をしていたのです。

そのような人に出会うと、蟹の穴の中にいながらも、彼はいま無限空間にたたずみ、自らの内が輝く明星のようにあるのを静かに見ているのだ思え、人というものも計り知れないものだとの感にうたれました。

「National Geographic Magazine」より

右の駱駝の写真は、National Geographic の名作中の名作の一点です。
僕の一番好きな写真のうちの一枚ですので、ご紹介させていただきました。

影の元をよくご覧になって頂くと分りますが、細長く白く見えるのはラクダの背中です。
アッと、驚かれるでしょう。
National Geographic Magazineには、こういった驚異的な写真がごまんとあります。

5年ほど前に懐かしいサハラを空中遊覧のセスナで、サンテクジュペリのサハラ体験を偲ぶために訪れた時、壮大な夕日と共に同じ光景を見て感動しました。

彼はサハラを飛行中、地平線に沈む夕日の緑光を見たり、太陽柱を見たりしています。
それが星の王子さまの最後のヴィジョンに結実していますね。

ベドウィンの族長とその息子

左の写真は、あの時のベドウィンの族長とその息子です。
僕に、人間が生きるとはこういう事なのだと心そこ教えた、この上なく厳粛な瞬間でした。

人間は生死を前にした時、本来無一物なものとして対さざるを得ない、その境地に立った時、人の心の中に何が生まれ、また人は何を支えに立つのだろうと、深く考えさせられた一瞬でした。
僕の心の中に、いつまでも生き残っている光景です。

地球の富を先食いする飽食は、私たちの身体を秘かに蝕むだけでなく、後に響きますね。

一組の父母は、その子供の両親であるだけでなく、何十世代、何百世代、いや人類史の存続する限り未来の人々の祖先となります。
その人達の生きる糧を細めるのではないかとの懸念がありますね。

人類がこの宇宙に永遠に存続することは、私たちが永遠に生きられないのと同じく、難しいでしょう。

しかし、私たちが己の生を掛け替え無いものと思うのと同じく種としての人類の生もこの宇宙で掛け替えのない役割を、しかもとてつもなく大切な役割を担っています。

その種が偉大な仕事を為すために、その礎を築く賢明な祖先たり得たいと思います。

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