「エッ、流れ星が落こってきたの?」 山ホタルⅡ

夕霧の蛍

亜里沙ちゃん、山中湖に住んで24年、僕は一度、実にふしぎな体験をしたのです。

夏のある日、おおぜいのお客様といっしょに、‘ペルセウス座の流星群 ’という金色の流れ星がピュンピュン飛ぶ、星祭りの夜を楽しんでいました。

そのとき、「えッ!、ナニあれ?」 ふっと目前の手が届きそうなところを、一粒のちっちゃな、しかしあまりにも眩しい金色の光が、スーッと流れていくのです。
今、天空を飛んでいる流れ星とそっくり同じなので、なんであんな低いところを流れ星が流れていくのだろう?
「エッ、流れ星が落こってきたの?」「UFO!」全員がそう思ってしまいました。

まったくその正体が分らず呆然として、その流れ行く先を見つめてしまいました。
そして光りが消えたところに駆け寄ると、ナントその流れ星が瞬きはじめてしまったのです。「エッ、バクハツするの ? 」
一瞬、ひるんだものの、懐中電灯をつけると、草の葉の上に体長が7、8ミリのちっちゃな虫がとまっていました。

発光する蛍の卵

これはホタルなんだろうか? 川辺から10キロ近く離れた山の中、しかもここは標高1000mの高地、とてもホタルが越冬できるわけもない。
もしホタルとして、下から飛んできたとすると、ここは雲の上だ。20年でたった一匹、まるでイカロスか、オデッセイみたいな奴だ、「スゴイ奴! まるで神様の使いだ!」信じられない思いで見つめました。

そのとき僕は、はじめて知ったのです。ホタルは誰もが知っている“源氏ホタル”、“平家ホタル”だけではなく日本には他にもう40種ほど、なかに“山ホタル(姫ホタル)”という種がいることを。

“源氏ホタル”は、1.5~2㎝ぐらいの体長で、うす緑の小さなほわーとした光りを何とも言えない夢見るような美しい間をとって明滅します。

“平家ホタル”は、少し小さくオレンジの光りをせわしなくチカチカと、まるで歴史の教えるごとく滅亡の予兆を知らせる危険信号のように明滅しています。

ところが、“山ホタル(姫ホタル)”は、流れ星の消えるよりずーっと長く灯し続けるのです。しかも、僕たちが見たのは金色でしたが、本来は美しいブルーの光りなんだそうです。

もし人が、奥深い森のなかを澄んだブルーの光りの珠が数限りなく、漆黒の闇を更なる深みに磨くかのように、淡くふわふわ飛び舞う様にであったら何 を思うでしょう。そのあまりにもこの世を離れした神秘的な光景に、人の身では決して触れてはならない禁忌の域を超えてしまったとさえ思うことでしょう。

霧を裂く流星

成虫の蛍は、水しかすすらず、食べないのにあんなに長い間 火を灯すなんて、とっても体力を使って大変そうですが、電力の発光などとは比べものにならないほど効率的で、余分な熱を出さないので冷光といいます。

しかも、蛍はまだ母親の胎内の卵の時から一生光り続けるのです。
川辺の苔の上に産み落とされた、ほのかに火の灯ったタマゴの房を突くと、思いもかけない強い光りに発光し、生きていることを人に告げます。
あまりにも美しいその光りにうたれ、子供の小さな命まで共に灯るような思いがしました。一つ一つ灯を付けて、そのあまたの灯に身を包まれた時、夜は魔法の世界に変わるのでした。

後日、メラネシアの島々を訪ねた折、‘蛍の木‘に出会いました。
一本の木に数千匹の蛍が群集しその明滅を同調し、天を圧する巨大な生きた炎となって輝く様は、地球上の全生命のシンボルとなる心臓が、今私の眼前で脈動しているとさえ思いました。その偉大な聖性に、畏敬の念を覚えました。
こうして、僕はウン十年の時を経て、再び幼い子供を包んだ生命の火に出会ったのでした。

…‥‥・つづく・‥‥…

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です