闇を払う偉大な光り

『‘ ラクスシャルキー ’ (ベリーダンス) とはこういうものだったのですね。 感動です。 』

私どもの催し事でも、何回か‘ ラクスシャルキー ’をいろんな方に踊って頂きましたが、その舞踏の中に、若き日のパッションが甦りました。

若いころ、チュニジアから、マリのバンディアガラの大断崖まで、2ヶ月かけてベドウィンのキャラバンと共にサハラ砂漠を縦断しました。

大サハラへのキャラバンの出立の前には、彼らの部族の村では、天を焦がすかがり火にあおられ、 千頭に余る駱駝の雄叫びに天地が揺らぐ中を、何昼夜にわたり、エロス(生)とタナトス(死)のせめぎ合う、生命の燃え上がる大炎‘ラクスシャルキー’が踊り続けられました。

ベドウィンの女たちは、男たちの旅の無事を祈るために、自らの命を生けにえに捧げんばかりの気迫で踊ります。
まるで、自らの腹(ベリー)という生命を生み出すものを武器に、それを奪わんとするものに戦いを挑まんとしているかのようでした。

女たちの腹は、陰影の幻惑により、怪しく美しく身体を彫り上げるかがり火の、まさに炎そのものと化して、渦巻き逆巻き、発裂し、燃え上がり燃えさかる、むき身の命の雄叫びであり、トキ(鬨)の声でした。

その雄叫びを心臓と血に塗り込めた男たちが足を踏み入れる大サハラは、まさにアッラ-の寝所です。
彼らにとっては、そこは太陽の聖地であり、その場で命を奪われることは、元々の借り主に命の聖杯を返すといった覚悟です。
彼らの命のあかしである体温は、あくまでも太陽・アッラーの灼熱から分け与えられたもの以外のなにものでもありません。

彼らは、40度を超す灼熱を、命の糧と考え、‘ 我が友!’ と呼びます。
私は、命を危機に陥れるものと考え、その違いは強烈でした。
しかし、彼らのプリミティブな、しかし真実な感じ方に納得し、その高貴な精神の前に、命が燃え上がりました。

そして、もしその聖地で、いまわの際に立ったとき、彼らにとって、アッラーはもはや父性神ではなく、大地母神の性格を帯びたものに変じます。
命のエネルギーを返した相手は、その返されたエネルギーを使って、また新たな命を生み出すであろう。
常に生み出し止まぬものに、自らは迎えられ、その大鍋のるつぼ(坩堝)に溶け込むのだという確信です。

それは、何か昆虫の羽化を思わせるものでした。
蝶のさなぎの神秘な殻の中では、毛虫の身体はいったんすべてどろどろの液体に溶け、その液体の材料のみで、あの美しい鱗粉を創り、触角や羽根やすらりとした足を奇跡のごとく創り上げ、地をはうものがメタモルフォーゼし、自由な天空に見事に飛び立つのです。

彼らの返上した命のエネルギーは、万物の命を生み出す坩堝に溶け込み、やがてそのさなぎからは、彼らの子孫も生まれ、見事に羽化して飛び立つであろうという希望です。

その時、彼らの生死の境の扉を貫くものは、民族の出自から生まれる自己犠牲の崇高な誇りで、死を眼前にしても、この希望のために決して揺らがないのです。
それは、まるで、飢えた虎に喜んで自らの身体を差し出した捨身の釈迦の前生譚のごとくでした。

そしてその精神は、何千年にわたり親から子へと、命の大河の流れを伝えられてきました。
砂漠の民ベドウィンの先祖は、元は砂漠の周辺地の農耕民でしたが、生産力の貧困の為、余剰人口が生まれたとき、か弱いものの命や子孫を守るため、 あえて屈強な者が不毛のバドウ(砂漠:地獄)に自らの意志で身を投げた、その高貴な精神を今も誇りとして、命そのものの如く胸に高く掲げています。

身体という、因果律の厳然と存在する物理の世界に属するものの宿命を、人は変えることは出来なくとも、物事のもつ意味合いを自由に創造し授けることが、人には出来ます。
生死一つの意味合いも、このようにその意志を貫き通すことによって、選び取ることも出来るのですね。
そのことを、命がけの場で、私はベドウィンから学びました。

万物全て、たとえあの壮麗な大銀河といえ、またこの宇宙で唯一絶対的な光りといえども、因果律のくびき(軛)を逃れぬにかかわらず、この小さき人 の秘密の花園のような心という領域においてのみ、その軛に縛られぬ自由が存することは、この宇宙が永年の営みにより、その精華として、花を咲かせたような ものなのではないでしょうか。

私たちは、なんのことはない、ただ瞳を開くだけで、この大きく広い皐月の空を見て、「美しい!」とつぶやきます。
しかし、宇宙はあれほど偉大なものを創造しながらも、自らが何を為し得てるかを知ることも見ることもない。

人が「美しい!」とつぶやくことは、盲目の宇宙に成り代わり、その瞳となりて、ものの軛を解き放つ役を担うことなのでしょうね。

大サハラのど真ん中、ベドウィンが何千年と守ってきた深い井戸の底は、真昼なのに夜の闇を宿しています。
そしてその闇の上には、夜のあまたの星を浮かべるのです。

彼らは、その星を読み取ることで、何一つ地理を教えるもののない砂漠で、自分の立つ位置を知り、次の井戸やオアシスを正確に割り出すのです。

深い井戸が真昼に星を見つめていることにも驚きますが、その星から大砂漠の地図を描く彼らの叡智に、人が為しうることの偉大さを思いました。

まさにベドウィンは‘砂漠の民’であると共に‘星の民’でもあったのです。
いま使われている星々の名前の多くは、彼らが名付けたものです。

もの言わぬ全ての物から、その神殿の奥宮に秘める意味を汲み取り、その謳う歌を心に納めるこのできる、人という存在の有り様に、いまさらながら深い意義を感じました。

それは古代オルフェウス教の“我は天と地の子なり、だがわが血統は天に属す”という祈りの言葉のとうりの誇りを人に与えるものです。

そして、彼らにこの人としての誇りを確信させたのは、ラクスシャルキーに命をかけた女たちの腹が放つ鬨の声でした。
その鬨の声は、空間を鋭く切り裂き、大サハラの天空を覆うのです。

生命を生み出すという、神のみ技に匹敵する奇跡を為す女たちの腹は、太陽のシンボルであり、まさに闇を払う偉大な光りだったのです。

この‘星の民’に教えられた生命観の衝撃は大きく、ウン十年の時を隔てて、まだ私の中にその余震が残ります。

皆様はこの‘砂漠の民’の生命観をどのように思われるでしょうか、よろしければ是非ご感想をお聞かせ下さいませ。

お読みくださって、ほんとうにありがとうございます。

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